自然共生社会の実現に向けて/循環経済 ~私たちにできること~
たてきくんの家をお父さんのヒノキで建てたことで、ひやま先生はなぜ父が林業家なのか気になってきました。高度経済成長の時代に育った父から聞くことは、意外なことが多く、ひやま先生は学校の児童たちにもこの話を伝えたいと思いました。なぜなら半世紀前の日本と今の日本ではいろんなことが大きく違うことに気付いたからです。
せんせい:お父さんはどうして林業の仕事をしているの?
桧山さん:小学生や中学生のころの記憶がかかわっているだろうな。どんどん自分の周りが変わって、豊かにはなっていくけど、「無駄にぜいたく」なような気がして何となく居心地の悪さを感じていたんだ。
せんせい:お父さんが小学生や中学生の頃って?
桧山さん:昭和40年前後だね。いわゆる高度経済成長のころだったな。
せんせい:「無駄にぜいたく」ってどういうこと?
桧山さん:例えばこどもの頃は、自転車で売りに来たお豆腐を家から器をもっていって買ったり、ジュースは瓶で買ってその瓶をまたお店に返したりしてたんだよ。しかし、いつの間にか豆腐もジュースも使い切りのプラスチック容器とかに入っていて、食べたり飲んだりした後はその容器をすぐに捨てるようになってしまったんだよ。
せんせい:分別もしないで全部捨ててたの?
桧山さん:そうだな、あの頃はごみを資源と考えることはなかったんじゃないかな。例えばシャンプーのプラスチック容器も毎回捨ててたよ。使い捨てのものもどんどん増えていったしね。
せんせい:えー、なんかもったいないね。
桧山さん:そうだね。経済成長とともにどんどんごみが増えて、最終的な廃棄場所に困るような問題もあちらこちらでおこっていたよ。それにたまきも知っているようにそういう容器に使われているプラスチックは石油からつくられていて、その石油のほとんどは外国から輸入しているんだよ。
せんせい:日本は資源が少ないから輸入するのは仕方ないと思ってたけどそうでもないのかも。一回使うだけで捨てるのに輸入してるって、確かにお父さんが言うように「無駄にぜいたく」かも。最近は、リサイクルの考え方がだいぶん定着してきたし、中古品を使うのに抵抗感もなくなってきていて少し価値観が変わってきたってことかな?
桧山さん:そうだね。資源に限りがあると気づいたからこそリサイクルの考え方が定着し始めたんじゃないかと思うよ。確かに、昔は全部一緒に捨てられて楽だったんだけどね。でも価値観が変わってきて分別をしないといけないと思うようになったんだ。
せんせい:それで、お父さんが林業家になったのって、この話と関係あるの?
桧山さん:もちろん。共通点は「無駄にぜいたく」かな。こんな輸入に頼りがちな日本にも豊富な資源が一つあった。それが木材だったんだ。実は日本は国土の7割近くが森林で使うために植えられた木が豊富にあるにもかかわらず、結構多くの木材を輸入に頼っていた。私が社会人になった頃にはどんどん自給率が下がって4割を切っていたんだ。それでそのことに違和感を覚えて、自分にも何かできることがあるんじゃないかと思って林業の世界に入ったんだ。
せんせい:そうなんだ。結構挑戦者って感じなんだね。それで、林業をやってみて、どうだった?
桧山さん:はじめは木材という材料を生み出すことに注目して林業を始めたんだが、山には、それだけではなく、もっといろいろなチカラがあることをたくさん知って、今では大変だけどとてもやりがいを感じているよ。
せんせい:どんなチカラがあるの?
桧山さん:つづきは、また明日の夜にでも話そう。
<新シリーズ・自然共生社会の実現に向けて>
現在、わたしたちが直面している環境問題は経済発展のためにしたことが原因で副次的に生まれてしまったものが多くあります。決して意図的に環境を壊そうとしたわけではないけれど、様々な原因が重なり問題が起きてしまって、それにより結果的に私たちの生活が脅かされてしまっているのです。そのことに対してすでに様々な対処がなされ回復傾向にある問題も見られますが、一方でここにきて新たな原因が明らかになって、解決策を模索中の問題もあるようです。どの問題もそれを繰り返さないために、まずは知ること、そして考えること、さらにそのうえで動くことが大切です。
今回のシリーズ「自然共生社会の実現に向けて ~いま私たちにできること~」では、環境問題が起こり始めた数十年前の状況を垣間見ながら現状と見比べることで、人によって環境問題に対する見え方が違うことにも気づいていただけるのではないかと思います。
<循環経済/サーキュラーエコノミーって何?>
桧山さんが「無駄にぜいたく」と感じていた頃、日本は大量生産・大量消費の経済活動が一般的で、大量廃棄型の社会を形成していました。これは健全な物質循環を阻害することはもちろん、気候変動問題、天然資源の枯渇、大規模な資源搾取による生物多様性の破壊など様々な環境問題にも密接に関係していました。そのため、近年では資源がすぐに廃棄につながるような一方通行の経済社会活動の「直線経済/リニアエコノミー」から、持続可能な形で何度も資源を活用する「循環経済/サーキュラーエコノミー」に世界の潮流が移行してきています。例えば、建築現場で出る廃棄物も別の建材に生まれ変わらせて活用するような動きがどんどん増え始めています。
<究極の循環経済>
江戸時代、資源の少ない国・日本では古紙に限らず、使えるものは修理・再生しながら徹底的に使いまわしていたようです。例えば着物。反物は洋服のように切れ端の出ない形で仕立てられ、そのあとは「古着屋」によって古着として何度も仕立てられその後も、寝間着→おむつ→雑巾→燃料→灰(畑の肥料)となって土に戻る→これを肥料として綿花が育つ→反物→また着物に。見事に全く捨てるところがありません。ほかにも建材や廃材の木っ端を集めて薪として売る「木っ端売り」、壊れた傘を下取りして再生、破れた油紙は味噌や魚の包装紙に、折れた骨は燃料として売る「古傘買い」など。ごみと思われるものも資源として使いきっていたので、江戸の町はとてもきれいだったそうです。これこそまさに究極の循環経済/サーキュラーエコノミーですね。
いま私たちが江戸時代のような究極の循環経済社会に戻ることは難しいかもしれませんが、そこには、私たちの目指すべき自然共生社会に近づくためのヒントが隠されているように思います。
次回は、桧山さんからどんな山のチカラのお話を聞けるのでしょうか。どうぞお楽しみに。
■イラスト協力
座二郎(ざじろう)
1974年 東京都生まれ2000年 早稲田大学理工学研究科建築学専攻修士課程修了
2000年~21年 前田建設設計部。通勤電車の中で漫画を描き始める。
2021年 独立。描く建築家。