第二話:自然共生社会の実現に向けて/自然再興 ~私たちにできること
ひやま先生は、川に魚が戻ってきて、漁が再開されているという話をテレビのニュースで見ました。「戻ってきた」というからには、いなかった時期があったんだろうとは思ったのですが、なぜそうだったのかよくわかりません。そこで父に聞いてみることにしました。 川に魚が戻ったっていうニュースを見たけど、「魚が戻る」ってどういうことなんだろうね? 高度経済成長のころは、まだ今ほど下水も整備されていなくって、川に生活排水や工場排水をそのまま流すこともあったんだ。 そうすると何が起こると思う? 川じゅうにその汚れが広がっちゃうんじゃない? そう、見た目はわからないけど、いつの間にか川いっぱいに汚れが広がっていくんだよ。子供のころこんなことがあった。父と一緒に川にメダカを取りに行ったことがある。浅い川だったので、父は裸足で中に入って、たくさんいるメダカを取ってくれたんだ。しかし、その夜父は高熱を出した。どうも足の小さな傷からバイ菌が入ったのが原因だったらしい。 それって、みんなが気づかない間に、川の底に汚れがたまってたってこと? そうだね。たぶん汚れがヘドロになって底にたまり、そこに化学物質なんかも多く含まれていただろうな。 普段は誰も川の中にまで入らないし、底にたまっていたんだったら気づかなかったのかもね。 うん、そうだね。それからしばらくして、メダカやほかの魚も見かけなくなったんだよ。そして見た目にも明らかに水が濁り始めた。同じころ、日本のいたるところでも同じようなことが起こっていて、当時はそんなニュースもたまに目にしたのを覚えてるよ。 でも今は、川に魚がいるんだよね? そう、なぜだと思う? 下水が整備されて安全に処理した排水を流すようにしたから・・・つまり汚れた水を流さなくなったから? それも一つ大事な要因だね。たまきが言うように、人が川を汚すのをやめ、力を合わせて川をきれいにし、そして川の流れが川自身を時間をかけて元の姿に戻していったんだよ。じゃあ、その川の流れはどこから来ると思う? 降った雨や雪が川に流れ込むの? それもある。山で降った雪や雨は、一部は直接川に流れ込む。でも、その多くは一度、山にしみ込んで地下水となってゆっくり流れ出てくるんだ。山にしみ込んでいく間にその水は森の栄養をしっかりと蓄えて、川となって流れながら海までたどり着くんだよ。 山の水っていうことは、お父さんの山もそのことに貢献してるってこと? お、気づいてくれたかな。明日話そうかって言った山のチカラの一つがこれだよ。 もう少し詳しく教えて。 例えば、広葉樹の森は、落ち葉が積もり重なって、そこに暮らす微生物がそれを分解して、森の栄養になっていくんだ。そしてそこに降った雨はその分解された落ち葉の層を通って地面にしみ込むから栄養をたっぷり含んだ水になる。それが地下水になって染み出し、川になっていくんだ。だから豊かな森から流れ出る川の先には豊かな海があるといわれているんだよ。 あ、それなんかの記事で読んだことがあるかも。 そうだね。針葉樹の人工林はちゃんと整備することでしっかりと根を張り強い地面を構成し、水を貯える機能があるんだよ。それにより土砂災害や洪水を防ぐ役割も果たしているんだ。 確かに昨日お父さんが言っていたように、山は材料を生み出すだけではないのね。 もっとほかにも、山や森にはチカラがあるんだよ。つづきは、また明日にしようか。 <自然再興/ネイチャーポジティブって何?> <自然再興と経済のかかわり> 次回は、桧山さんからどんな山のチカラのお話を聞けるのでしょうか。どうぞお楽しみに。 ■イラスト協力 座二郎(ざじろう)
豊かな森が豊かな海をつくる。山と海の関係 | 木で建ててみよう | 前田建設×木 記事
でもお父さんの山って、広葉樹だけじゃなくって、どちらかというと針葉樹の方が多いよね、針葉樹も同じなの?
桧山さんが、「川の流れが川自身を時間をかけて元の姿に戻していった」と言っているように、自然には「回復力」があります。たとえば、荒れ地になっているところでもいつの間にか植生が戻っている、また、私たち人間がけがをしたときの治癒力も自然の回復力の一つといえるでしょう。
しかし、残念ながら今の私たちの生活は、自然の回復力のスピードをはるかに超えて自然の恵みを消費し、壊してしまっているようです。そのため、生物多様性の損失という危機に瀕しているのです。その状況を好転させるために、現在、世界的にキーワードとなっているのがネイチャーポジティブ、日本では自然再興という概念です。環境省のホームページでは、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め反転させる」と説明されています。
わたしたちが目指すべき自然再興は、自然の恵みを使わない自然保護だけを行うというわけではなく、くらしや仕事などの人間活動において自然の回復力のスピードを越えない速さで自然の恵みを活かすことで、自然と共にくらせる持続的な社会をつくることです。家庭における日々のくらしにおいても、企業の活動においても、次の世代が安心して自然の恵みとともに生きられる世の中であり続けるために、それぞれができることを考えて、行動する責任があります。
自然と共にくらせる社会をつくるとはいっても、環境問題はお金にならないといわれるじゃないか。と思っている方も多いと思います。しかし、本当に自然再興と企業の経営は相反するのでしょうか。
PRIやSDGs、TCFD、CDP、など環境に関する様々なイニシアティブが一般的にも認知されるようになって10年近い月日が流れました。その間に、環境問題に関する金融システムの在り方が大きく変容しています。なぜだと思いますか。それは、環境問題が引き起こす自然災害や資源枯渇が賠償問題などの金融システムにとっての莫大なリスクとなってしまうからです。そのため企業としても投資を受けるためには、環境問題に対応するべく事業活動に伴う自然への負担を軽減させ、かつそれらを回復させる方向にその事業の在り方を転換する必要に迫られています。
つまり企業経営においてネイチャーポジティブの思考を取り込み、その内容を明らかにすることが投資家から求められているのです。ご存じのように、2021年から東証プライム市場ではTCFDに基づく情報開示が求められています。これは2017年に情報開示フレームワークが公開されてわずか数年という短い期間での実質義務化です。そのため2023年9月に開示フレームワークが公開されたTNFDに関しても、そう遠くない将来、同じような扱いになるのではないかとみられています。もちろん開示すればよいというものではなく、事業とのつながりを明確に表すことが大変重要になってくることは言うまでもないでしょう。
このように、環境問題と企業の在り方の関係性は、この10年ぐらいの間に大きな転換期を迎えており、自然再興と企業経営とには切っても切れない結びつきが生まれているといえるでしょう。
2000年 早稲田大学理工学研究科建築学専攻修士課程修了
2000年~21年 前田建設設計部。通勤電車の中で漫画を描き始める。
2021年 独立。描く建築家。