木造建築の湿気対策とは。腐朽にもシロアリにも負けない、木材保存技術 | 木の達人集めました~木造業界インタビュー第2回
木造建築にとって、湿気は大敵というイメージがありますよね。木は自然の素材なので、無垢の木材を屋外に置いておくと時を重ねるにつれ痛んだり虫が食ったりして朽ちていきます。 今回木で建ててみよう編集チームが話を聞きに伺ったのは、木材保存処理のエキスパート兼松サステック株式会社の手塚さんです。聞き手としてインタビューにご参加いただいたのは、前田建設技術研究所の宮野さんと刈田さん。 1975年、栃木県出身。兼松サステック株式会社 木材・住建事業部 製造・技術部部長 兼松サステック株式会社 住宅用建材の製造販売や地盤改良を主事業とし、保存処理木材の製造や防腐防蟻処理の高い技術を持つ企業。保存処理の力で、木造建築を見えないところで支えています。 兼松サステック株式会社 1977年,富山県出身.2004年 宇都宮大学大学院工学研究科博士後期課程生産・情報工学専攻修了 1991年、東京都出身。2016年 首都大学東京大学院都市環境学部都市環境学科建築学域修士課程修了 ―保存処理について伺う前に、まず木材というのはどうやって劣化するのかを知りたいと思っています。木材の劣化には、どのような種類があるのでしょうか。 手塚:木材の劣化には、生物的劣化と非生物的劣化の二つに分かれます。非生物的劣化は紫外線や風化など物理的なもの、生物的劣化は腐朽菌、シロアリ、昆虫が原因の劣化を指します。 ―腐朽菌とは何でしょうか。 手塚:木材の強度を劣化させる菌で、菌類の中でも担子菌類と呼ばれキノコの仲間にあたります。 宮野:我々もある程度、規模の大きな木造の建物を手掛けることが増えているのですが、温水プールや入浴施設などを木造で造る場合、どういうことに注意していけばよいのでしょうか。 手塚:カビと腐朽菌は生活圏が同じで、生育に最適な条件も似ている。大まかにいうと相対湿度55%以下であれば多くは抑えられます。しかし、カビの中でも高温、高湿度を好むものや中程度の湿度を好むもの、乾燥した砂漠にすむものなど種類が多い。完全に抑えるのは難しいですね。 宮野:カビ対策に関して、湿気のほかに気を付けるべきポイントはありますか。 手塚:美観の観点で言うと目に見えるカビというのは、菌の塊なんです。菌そのものは空気中にいくらでもいるけれど、目に見えない。重要なのは木の表面にいかに菌の集合体を作らせないか、です。作らせないためには、栄養源を断つ。カビは腐朽菌と違って、木そのものを分解して栄養源にする力はなく、表面に付くホコリや脂、木材表面の糖質等を栄養源にして増殖します。実は抗菌プラスチックにもカビはつきます。どうしても触った時につく指の脂、ホコリ。これだけで栄養になるのです。つまり完全に防ぐのは無理なんですね。木材に関しても同様で、表面上で広がらないようにしたり中まで入り込まないようにするには、簡易的な防カビ剤などを使う必要があります。 宮野:腐朽菌に対してはどのような対策がありますか。 手塚:腐朽菌についてもカビと同様、集合体を作らせないという対策がメインになります。腐朽菌にとっては木そのものが餌、栄養になるので、木を餌として分解させないことが重要。この分解が、木の強度低下の原因、腐朽となります。保存処理に菌の成長を阻害する薬剤などを使用しており、菌がついても成長しない。つまり木が分解されて強度が落ちるのを防いでいます。 インタビューの中で、カビは木そのものではなく表面についた油脂などの汚れを栄養分にして増殖するという話がありました。 手塚さんによると、カビがパッキンを分解して侵食しているわけではなく、パッキンの劣化によって細かい割れが発生しそこにカビが入り込んでいるそうです。 掃除の際には、パッキンをブラシでゴシゴシこすると劣化が促進されて逆効果。カビ防止剤などを使って、薬剤処理をするのがベストです。 刈田:カビではなく、光による劣化もありますよね。光を浴びた影響で、木材の強度が低下するということはあるのでしょうか。 手塚:それは大きな影響はありません。光による劣化は2.5mm程度の深さまでしか影響しません。強度への影響はほとんどないと思われます。 ―木を栄養にする分、カビよりも腐朽菌の方が対策も厄介なんですね。今、菌についての話が結構出たのですが、シロアリなど昆虫についてはどう影響し、どう防ぐのでしょうか。 手塚:日本で一般的なシロアリは大きく2種類。日本全土にいるのがヤマトシロアリ。九州など温かい地方にいるのがイエシロアリ。これらのシロアリは地中から入り込んで家や建物に被害を与えます。両種とも、生存に水分が重要な役割をもっています。イエシロアリの方が比較的動きが活発で被害が甚大です。 最近被害が出始めたのがアメリカカンザイシロアリと言って乾いた木材を食べるタイプ。輸入の中古家具やアメリカ産木材から入ってきた外来種で、今猛威を振るっているシロアリです。このシロアリは地中からではなく上から進入する、これまでと異なった進入経路のシロアリです。 建築基準法では地面から1m以内は防腐・防蟻処理をしなさいという基準があり、2階部分については処理をほとんどしていない場合が多い。その状況の中でアメリカカンザイシロアリは2階のバルコニーや屋根裏から入ってきます。 ―シロアリの被害を防ぐためにはどんな対策があるのでしょうか。 手塚:一般的に、認定を受けた木材保存剤で抑えます。木材保存剤は無機系の薬剤、有機系の薬剤と様々な薬剤が認定を受け使用されています。昔から使用している薬剤主成分のひとつに銅があります。銅は腐朽菌にもシロアリにも両方に効きます。最近では、安全性を優先としたそれぞれの効果を発揮する、殺菌剤と防蟻剤を混ぜた薬剤を使用するものが増えています。 刈田:木材保存剤によってシロアリは木を食べ物とできなくなるので木に入ってこないということですね。問題は、先ほどお話が合あったように、防蟻処理をしていない2階部分からの侵入を防げないということですね。 手塚:そうです。 刈田:どれくらいの規模で広がっているのでしょうか。 手塚:調べてみると、港湾近辺で見つかることがほとんどです。始めに保存処理をしておけばいいですが、それができていないと地道に薬剤を注入して駆除していくしかありません。事前に処理すると家の規模によりますが費用は50万円ほど。被害を受けてからの駆除ですと住宅で一棟500~1000万円はかかってしまいます。 ―そもそも木材保存処理とは、どういったものなのか教えてください。 手塚:木をいかに長くもたせるか、という技術です。 ―木材保存処理の考え方としては昔からあるんですね。 手塚:そうなんです。保存処理の概念の歴史は古く、エジプトのミイラの保存等で使用されていたクレオソート油という薬品を木材保存にも利用しています。クレオソート油は鉄道の枕木や塀などで使用する木材に処理されています。 ―保存処理のための薬剤にはどんな種類があるのでしょうか。 手塚:従来このクレオソートと、CCAと呼ばれるクロム、ヒ素、銅の複合薬剤が良く使われていましたが、近年安全性の観点からいろいろな木材保存剤が開発され使用されています。弊社では安心・安全で環境にやさしい油溶性の加圧注入用木材保存剤を使用することが多くなっています。 ―処理方法にもいろいろあるんですね。加圧処理について詳しく教えてください。 手塚:加圧処理の中にも2種類あり、一つはLC-350という水溶性の薬剤を水に溶かして加圧注入する方法。従来のCCAなどでも使われる方法です。 ―保存処理の前後で木材の寸法などには影響はないのでしょうか。 手塚:水溶性の薬剤を使った場合約5~10%寸法が変わります。油溶性の薬剤を使う乾式は概ね1%、木の種類によっては2%くらい変化するものもあるかなという感じです。 木材の中の水分には「自由水」と「結合水」があり、結合水は木にくっついており、自由水は勝手に自由に移動できる水です。自由水がどれだけあっても大きさは変わらないのですが、結合水は木材の大きさに影響を及ぼします。結合水が飽和している状態が、木材の繊維飽和点と呼ばれ含水率25~30%くらい。(含水率=水の重さ/木材の重さ×100) 木は、切られた直後の状態で含水率150~200%なんです。それを乾燥して木材にするのですが、繊維飽和点までは大きさは変わらず、30%を切った時点で収縮が始まり0%になるまでどんどん縮みます。我々が使っている処理前の木材と言うのは含水率15~17%なので、水に触れて結合水が増えるとどうしても膨らみます。 乾式処理だと木と結合しない物質を使うので、基本的には膨張しないのですが、圧力をかける段階で木の細胞が多少膨らむためにどうしても1~2%は大きさが変わりますね。 ―プレカット後の木材に処理をする場合もあると聞きましたが、そうすると寸法は合わなくなるのでしょうか。 手塚:住宅レベルのサイズであれば、ほぼ影響はありません。大型建築に使うような木材だと無視できない影響が出てきます。スギの場合は幅方向に膨らみやすいなど、膨らむ方向性は木によって読めるので、それを計算に入れて処理すれば問題ないです。 刈田:プレカットではその部分を削るため、その部分は保存剤が塗られていない状況となると思いますが、その部分は何か処理をする必要があるのでしょうか。 手塚:フラット35の仕様書や木材保存処理の使用注意等でプレカットにより削った部分には規定の認定薬剤を塗ることに一応なっております。しかしながら、実際の現場ではなかなか行われていないのが現状です。 宮野:木材が割れてしまうことがあるのですが、強度は落ちないものでしょうか。 手塚:乾燥による割れかどうかで変わってきます。あとは割れ方や割れの深さ、割れる方向によって強度変化は異なるので一概には言えませんが、強度が落ちる場合もあります。 宮野:背割りなどの対処法もあると思うのですが、割れに対する対策はどのようなものがあるのでしょう。 手塚:含水率が極端に変化しない状況を作ってあげるのが一番大切。 ―防水や防湿については、構造設計次第で性能が変わるのでしょうか? 刈田:薬剤だと蒸発しないので含水率を保つことができ、割れないということですね。 ―木造の設計には他の構造と比較して、難しく時間がかかるものでしょうか? 手塚:KD材という乾燥機や天然乾燥させた材料やエンジニアリングウッド(集成材・LVL・合板等)を使うことですね。 刈田:内装まで木材の物件の場合、空調を回し始めた途端に突然割れが出る、ということがあります。どうすれば防げるのでしょうか。 手塚:室内で使っているエアコン環境下で割れにくくするというのは初期含水率に起因するので、かなり乾燥した含水率5%くらいの材料を貼り合わせて徐々に戻すという方法がある。 以前は時間をかけて内部応力を開放しながら乾燥させたりしているので割れを防ぐこともできましたが、工業的に生産するようになり短期間で乾燥させるので方法を間違えると表面と内部の含水率の違いにより木材の収縮による内部応力の違いから割れが発生します。 ―広島の厳島神社は、ぬれたり乾いたりを繰り返していますが、倒れたりはしていませんよね。これは海水だからなのでしょうか。 手塚:あれは定期的に立て替えられているほかに、補修などのメンテナンスをしているためです。 ―保存処理の技術は研究も進められて、日々新しくなっていると思うのですが、今後どういった方向性に向かうのでしょうか。 手塚:いかに安心安全に使えるかというところを目指して開発を行っています。 ―保存処理剤というのは何年かすると効力が落ちるものでしょうか。 手塚:何も起こらなければ、効果は変わりません。腐朽による強度の低下が起きた場合に、いかにもたせるか。発見されるまでの間に問題がないような状態をいかに作れるかが勝負だと思っています。 宮野:木材の状態というのは、定期的に点検など行ってチェックするべきなのでしょうか。 手塚:はい。木材を使う以上、定期的なメンテナンスは絶対に必要です。それは必ず行ってほしいですね。壁は壁紙を貼ってしまうとわかりませんが、床下は必ず見られる構造になっているはずです。建物ごとに点検マニュアルなどもあるので、それらを活用して定期的にメンテナンスを行ってください。 一口に木材の腐朽と言っても痛み方にも多くの種類があり、その対策には様々な技術が使われています。木材保存処理は、腐朽という自然の摂理と戦いながら、いかに環境に負荷を与えず木を長持ちさせるかということを両立させる知恵と技術の結晶なのだと知りました。まさに見えないところで木造建築を支える技術ですね。 従来建築現場で行われていた加工を、工場等で自動工作機械を使い、あらかじめ行うこと。 長期固定金利ローン商品であるフラット35の融資対象となる技術基準を定めた仕様書。 木材に乾燥に伴う割れが生じるのを防ぐために,裏になる側にあらかじめ割れ目を入れること Kiln Dry材の略で、人工的に乾燥させ含水率を下げた木材の呼称。天然乾燥材は「AD(=Air Dry)材」、天然乾燥過程がまだ十分でない木材は「グリーン材」に分類される。
にもかかわらず、木造建築がそう簡単に朽ちていかないのはなぜでしょうか。実は住宅や大型木造建築に使われる木材には、人知れず適切な保存処理がなされているのです。
木を建築材料として長く使っていくための根幹を担う、木材保存技術の達人インタビューです。手塚 大介(てづか だいすけ)
木材保存技術の研究開発を統括する。2011年、木材保存協会 技術奨励賞受賞
http://www.ksustech.co.jp/宮野 和樹(みやの かずき)
同年 前田建設工業株式会社入社.現在 同社技術研究所所属
保有資格:博士(工学),技術士(建設部門),一級建築士,コンクリート主任技士,コンクリート診断士刈田 祥彦(かった あきひこ)
同年 前田建設工業株式会社入社。現在 同社技術研究所所属
保有資格:コンクリート技士、そろばん準2級木材の劣化と対策
木材の劣化とは
カビと腐朽菌
担子菌類は木材の主成分であるセルロース・ヘミセルロース・リグニンを分解します。カビは接合菌類や子嚢菌類と言われ、担子菌類とは別の種類になります。カビは糖やでんぷんを栄養源にするので木材の表面部分しか汚染しないので、カビが強度を劣化させることはないんですね。ただ、どうしても見た目が悪くなるという問題があるので、防カビ剤を使うなど保存処理とは別軸で対処することになります。●木で建ててみようの素朴な疑問
~カビがお風呂のパッキンに入り込むのはなぜ?~
では、お風呂のパッキンに入り込んでいるように見えるカビはどうなのでしょうか。
木やプラスチックと同様、カビが素材そのものを分解するわけではないのですね。
市販の薬剤には殺菌剤に加えて界面活性剤が入っており、パッキンの細かい隙間まで殺菌成分を運んでくれるようにできているそうです。光による劣化
シロアリ
イエシロアリ、ヤマトシロアリは女王アリを中心として何千何万という巣を作ってそこを拠点に移動していく。対してアメリカカンザイシロアリは300~500いれば多い方。数は少ないのですが、どの個体も女王アリになれる素質を持っています。一か所の被害は大きくないのですが、分散するので駆除が非常に大変です。木材の保存処理
木材保存処理とは
身近なもので言うと、お碗の漆。塗装をせずに使うとどうしても割れたりぐにゃぐにゃになったりします。そこで漆を塗る。そういった木を長く使うための処理が、木材保存処理です。
日本で初めて使用された木材保存材は、横浜と新橋の鉄道の枕木に、イギリスから輸入したクレオソートを注入した木材を使ったのが始まりと言われています。それを応用したものが、今の木材保存処理に繋がっています。保存処理の種類
また保存処理の方法には塗布、散布、ディッピング、温冷浴、加圧注入があります。一番長期的に安心して使えるのが加圧処理という手法です。表面に薬剤を塗るだけでなく、木材内部まで薬剤を浸透させることができますからね。
もう一つが弊社独自の技術で、乾式処理と呼ばれるもの。油溶性薬剤を溶媒に溶かして圧力をかけて木材にしみこませ、最後に溶媒を揮発させる技術です。木材が水にぬれないので、処理前後で寸法変化がない。ドライクリーニングをイメージしてもらうと、わかりやすいかと思います。保存処理の実際
保存処理による木材の寸法への影響
木材の割れと、含水率
もう一つは技術的な話になるのですが、含水率30%以上に保った状態と同じ状況を薬剤で意図的に作ってあげる方法があります。含水率が30%以上あれば、大きさの変化はありませんからね。結合水を薬剤で置換して、膨らんでいる状態をキープする仕組みです。
薬剤で置換する方法以外で、含水率を保つ方法はあるのでしょうか。
含水率15%位だと、水をつけない限り膨らむことはありません。こういった材料を使っていれば割れることを抑制できます。グリーン材と言って製材後に乾燥させないで使用している材は収縮や割れを発生させます。
あとは乾燥の仕方の影響も大きいです。ドライングセットという高温乾燥だったり、形状を固定させてしまって割れにくくする技術もあります。
施工中に木材が雨等によって濡れても表面のみの濡れで、内部までは浸み込みにくいことから割れが発生し易い等の影響は少ないです。
また、余談になりますが、住宅用に使う木と言うのは植林された木で30-60年かけて育てた木を使っています。神社仏閣で使用する木は樹齢100年-300年といったかなり大きな木を使っています。そういう高樹齢で伐採した木はその年代まで生き抜いている理由があり性能がよい。良い木は持っている成分が良く、耐久性が高いのです。成長途中で伐採した材はその成分が少ないままなので木としての耐久性が低くなります。保存処理の今後
処理技術自身は大きく変わらないと思いますが 、使う薬剤の安全性をいかに高めていくか。さらに最近は木の活用が広がっているので安全性や耐久性に関する基礎データがいかに集められるかが大切だと考えています。保存処理とメンテナンス
木の腐朽と保存技術について正しく理解し、定期的なメンテナンスを欠かさずに木材と長く付き合っていくことが「木で建てる」ことの醍醐味の一つと言えるのではないでしょうか。ー用語解説ー
ー関連リンクー