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銀座ヤマハホールの音響設計。楽器の音を活かす木の役割

2019-02-22

「ホールそのものが楽器」というコンセプトの下、楽器のことを最大限考えてつくられた銀座ヤマハホール。前回の記事ではホール内部を案内していただきながら、ホールの生まれた背景や現在の運営状況について伺いました。

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今回は取材チームが浜松のヤマハ本社を訪問。前田建設 技術研究所の藤橋さんが、ヤマハホールの音響設計を担当されたヤマハ株式会社空間音響グループの宮崎さんにお話を伺いました。銀座のビル内にあるホールという空間的な課題を克服し、どのようにしてアコースティック演奏に最適な音響設計を実現したのか。その中で「木」はどのような役割を果たしているのか。銀座ヤマハホールに込められた工夫や、技術を余すところなく聞くことができた対談となりました。

「ホールそのものが楽器」ヤマハのつくった、音楽専用ホール

宮崎 秀生(みやざき ひでお)さん
東京大学 建築修士号取得。1998年ヤマハ株式会社入社。入社後は室内音響の研究に携わり、コンサルタントとして約100件の音響設計プロジェクトやヤマハ独自の空間の音響を制御する技術である音場支援システムの設計、調整に携わる。
主な音響デザインプロジェクトに久留米シティプラザ(2016年)、東広島芸術文化ホール(2016年)、静岡市清水文化会館(マリナート)(2012年)、銀座ヤマハホール(2010年)などを担当。近年では東京国際フォーラム、ワルシャワオペラハウスなどに携わる。
日本音響学会のメンバーとして、日本建築学会の室内音響小委員も務める。

藤橋 克己(ふじはし かつみ)さん
1965年,愛知県出身.1989年 三重大学工学部建築学科卒業
同年 前田建設工業株式会社入社.現在 同社技術研究所所属
保有資格:技術士(環境部門),一級建築士,環境計量士(騒音・振動関係)

銀座だからこその課題

藤橋:実際に銀座ヤマハホールを見せていただき、コンパクトなホールにも関わらず広がりのある豊かな音の響きを実現されていることに驚きました。今日はホールの音響設計にどんな意図が込められており、どんな技術が使われているのかを、伺いたいと思っています。まずホール全体としてどのような点を意識して設計されているのか、教えていただけますか。

宮崎:ヤマハホールは立地が原因の課題を2点、抱えていました。
まず一点目が空間的制約です。「銀座の街に音の聖域を」という設計コンセプトをもっているビルの中にあるホールなので十分な広さを確保できないという課題を克服する必要がありました。このヤマハホールは1953年にできたものを2010年に大幅に改修しています。旧ホールは、今よりも200席程多かったが天井が半分~2/3くらい、幅はほとんど一緒。残響時間が0.8秒で当時は良い音響との評判もありましたが、現在の基準ではコンサートホールとしてはほとんど成り立っていないと言える状態でした。

今回の改修では、アコースティック演奏に最適なホールにしたいという方向性があり、豊かな響きで楽器メーカーとして楽器の音がちゃんと聞こえるホールを目指しました。ホールのコンパクトさから来る弱点として一番気になるのは、横からの音の反射。この規模のホールだと、横からの反射音が大きくなりがちです。都内に同規模のホールがあるのですが、そこに行って音楽を聴いた時に、やはり音像が大きくぼやけていると感じられました。これでは楽器メーカーの音とは言えない。この横からの反射音をいかにコントロールできるかが最大の課題でした。

音を活かすための技術

二点目が近くを走る銀座線。地下鉄の振動を防ぎ騒音を遮るための工夫が必要でした。銀座ヤマハビルの地下の10メートルくらい横に銀座線が走っています。ホールやサロンなどアコースティック楽器演奏に使う部屋は地下鉄からできるだけ離すように配置するとともに、地下のスタジオも含めて全て防振遮音構造(Box in Box構造)を採用して音や振動を防いでいます。

格子状の側壁で、横からの反射音を回避

藤橋:ホール内部を実際に拝見して、格子状の壁が印象的でした。あのデザインには音響設計上どういった狙いがあるのでしょうか。

宮崎:設計時の背景として、外壁に採用している格子模様をホールの側壁にも使おうという意匠的な意図がありました。そこから、側壁の傾きや各パネルの角度をどのように調整すれば良いかを検討していきました。横からの反射音を抑えて柔らかく包み込むような響きを実現すべく、設計しています。

ホールの設計上、防音のため外壁との間に空気の層を作っているので、側壁に角度をつけるにも15°くらいが限界です。その辺りの制約がある中で、最適な角度を検証していきました。音響シミュレーションだけでなく模型実験もやってみようと思い、6メートル×6メートルの模型を作り、全部前向き・全部後ろ向き・山型に...と多様なパターンを試しました。

そんなことを色々と試した上で、各パターンを実際のホールに当てはめました。側壁の下の方は音を直接返すとうるさくなって音像がぼけてしまうので上向きにして、一次反射音を客席に返さずに反対側の側壁中央の下向き面にあてて二次反射を戻しましょうと。上の方は拡散させるという意味で山型を駆使。客席後方の側壁は後ろからの反射を作り出すため、エッジを利かせた上方向。また舞台演奏者には音をミックスするため側方反射板は山型に。そういう考え方でエリアごとの角度を決めていきました。

音を活かすための技術

音を活かすための技術

最後に「ASW(Apparent Source Width/音源の拡がり感)」という音像の広がりの指標値に着目して、音響シミュレーションによる可聴化実験を行いました。
実験をする前にみんなで同じ音の目標感を持つため、設計に関わったメンバーで同規模のヤマハ工場内のピアノ試弾室に行って、部屋の条件を変えながら自動演奏ピアノを使って演奏音の聴き比べをして、印象の違いやそれとASWとの関係などを議論しました。そうしてから最後は実際に人の耳で聞いて、最終的な形状を決定したということです。

藤橋:先ほど、反射音で音像がボケるという話がありました。教科書的な考え方では初期反射音は直接音を増強するという認識があったのですが、音像がボケるというのはどういうことでしょうか

宮崎:反射音の方向によって変わってきます。正面からの初期反射音というのは音の明瞭性やラウドネスを高めますが、横からの反射音は音の拡がり感に関係してきます。横からの反射音が強すぎると拡がり感が出すぎて、どこに音源があるのかわからなくなってしまいます。音像がぼけるというのは、お風呂場で聞いているような感じですね。拡がり感が強い、というのはある意味ライブ感があるのですが、先ほどお話しした都内のホールでは私は過剰だと感じました。ヤマハホールでは、演奏者が楽器を演奏しているイメージがありつつライブ感があるというバランスをめざして調整しました。

藤橋:ある程度大きなホールだと、ホール側方からの反射音を抑える必要はないと考えてよいでしょうか。

宮崎:ヤマハホールの規模だと反射音が過剰だったので抑えていますが、普通の規模のホールの場合だと横からの反射音はできる限り戻すように庇をつけたりなどして設計します。横からの反射音はできるだけ返すが、あまり強すぎても嫌なのでその場合にはちょっとボカす、細かな拡散面を付けたり、部分的に奥行きを設けて時間に遅れをつけるなどすることもあります。

降り注ぐ音

降り注ぐ響きを実現。天井と浮雲

藤橋:天井についても、うねるような曲線的なデザインが目を引きました。天井の構造にも役割を持たせているのですよね。

宮崎:羽衣(はごろも)天井といって、波のようにうねっているのですが、ピッチ(曲率)は一定ではありません。ステージ側から客席側に向かって9対7対5対2など割り切れないようにピッチを変えてあります。ピッチによって音の反射特性が変わるので、意図的に周波数が合わない形にしてあります。

降り注ぐ音

また、ステージの天井の直下に浮雲を配置しています。浮雲にも意味があって、ホールの幅に比べて天井の方が高いので反射音が先に床や壁からくるのですが、そのあと天井からの反射音が来るまでに時間差がありすぎる。その分をコントロールするのが浮雲の役割です。何度か試奏会をやってみて、上下2パターン作りました。浮雲の位地を変えることで、聴こえ方が変わる。とくに2階席はすごく変わります。下にすると直接音的な音が多くなり、上にするともう少しふわっとした感じの音になります。弦楽器は上、ピアノは下の方が良いなど、楽器による向き不向きもあります。

降り注ぐ音

藤橋:シミュレーションについて伺いたいのですが、幾何音響シミュレーションを行ったと思うのですが、天井面の曲面はどの程度細かく分割しましたか?

宮崎:曲率によって異なりますが30~50㎝くらいに分割して行いました。そこまで大きくこだわってはいなくて、今回は特に側壁形状に着目していますので、天井についてはどれも同じ形状なので比較する対象がきちんとモデル化されていれば良いという考え方で分割してシミュレーションしました。

藤橋:最終的にうねりの形状などを決めるために、音響模型実験は行いましたか?

宮崎:例えば1/10のフルスケール模型を用いての実験などは行っていません。模型実験は確かに波動まで含めた正確な検討ができるのですが、模型実験を行いながらいろんな形状を試すことは、コストの制約もあって難しいので、今回の様な検討には向かないと思います。そこで今回は先ほどお話しした様に側壁に着目した部分模型を用いた実験を行いました。

藤橋:逆に言うと、デザインなどを変えながら模型を用いて実験できるのであれば、やるべきであると。

宮崎:ヤマハホール側壁形状のような、複雑な形状の良しあしを検証するにはいいと思います。

藤橋:音響模型実験に代わりに、三次元の波動音響解析による検討を行うことはありますか?

宮崎:今回は二次元で、細かな形状の違いを見る検討を行っています。側壁の一部パネルにリブを取り付けていますが、その最適形状を検討するのに使っています。

楽器と共鳴する、鳴りの良いステージ

藤橋:ステージはA.R.E(Acoustic Resonance Enhancement)という処理を施してあると伺いました。

宮崎:A.R.Eは楽器製造に使われている技術で、木材にエージングした木と同じような特性を与えることができます。ヤマハホールの舞台板はA.R.Eで処理した三層の無垢材を使用しています。斜め貼りした下地の杉板二層と、表面の檜を処理しているんです。

本来楽器に使っているこの技術を床に使うのははじめてのことだったのでモックアップを作って実験を行いました。自動演奏ピアノを舞台の上に置いて実験をして聴き比べをすると、実際に音が変わるんです。

降り注ぐ音

ハンマーで床をたたいて振動特性を測定しても、高音域や低音域の振動特性が改善していることがわかりました。ただ、実際に床から放射される音はマイナス20~30デシベル。ヒトが違いを聞き取れる音量ではありません。これが楽器の響きに効いてくる理由は、楽器と床の間で何らかのやり取りがあるということ。どうやら、それによってピアノの楽器の鳴りが変わってきているようです。床の振動特性の改善によって楽器の反応が良くなっている、ということですね。

舞台床というのは本当に難しくて、硬ければいいと思ってコンクリートでピアノを弾くと全然鳴らないし、かといって柔らかくしても全然音が良くない。ちょうどいい塩梅に調節してあるのが、木で作ったこの舞台です。

楽器の響きを活かすための、木材の選択

宮崎:普通はステージというと集成材を使うことが多いと思います。無垢の材を使うと乾燥して変形したり割れることもありますし、集成材の方が安全でいい。その中であえて、A.R.E処理の無垢材を使うというトライをしています。

藤橋:無垢材を用いると、経年変化によって音がどんどん変わっていくようなことはありますか?

降り注ぐ音

宮崎:確かに無垢材ですと経年変化で音が変わってくると思います。一方で、ARE処理を行うと既にエージングした木と同等の特性になり、そこからの変化は少なくなります。その意味では音が良くなったまま安定するということが言えるかと思います。
楽器の場合には音場の中に楽器そのものがあって、この木が反応して、音が鳴っています。上にも横にも全体に音が広がる。ホールの中の壁にA.R.Eを使ったからといって、どうなるかというと振動して再反射して後ろに音が行ってしまう。音を吸っちゃうことのほうが多いですね。熱にも変わりますし。
なので、楽器と一体となって音を発することができる舞台床のみA.R.Eを使っています。

藤橋:側壁や正面壁、天井にも楽器に用いられるのと同様の木材を使われていると伺いました。

宮崎:はい、そうです。ホールの内装材は楽器と同様のものを使用しており、曲線的な造形自体も楽器をイメージさせる意匠を採用してのものです。「ホールそのものが楽器」というコンセプトが背景としてあり、それを知りながら音の響きを聞いてもらうことで、「木の音だな、いい響きだな」と感じてもらえれば嬉しいですね。

降り注ぐ音

藤橋:あとは木を継ぎ合わせた時にできる微妙な隙間とか、その影響なんかもあるかもしれませんね。

宮崎:微細な単位で見れば、木は完全な平らな面ではないので、そう意味では10~20kHzレベルだと影響はあるかもしれません。突き詰めるとわからないですね。どちらかというと木造は視覚的な印象の方が大きいかもしれません。物理だけの観点から言えば、おそらく変わらないと思います。

木に気泡があるようなものだと変わるかもしれません。気泡があると音が吸われますので、表面だけでも特性が変わってくると思います。厚くなれば厚くなるほど変わるのではないでしょうか。15ミリくらいの厚みがあれば影響があるかもしれませんね。

藤橋:最近は、集成材のなかでもCLTが注目されています。CLTの音響特性についてはどう思われますか?

宮崎:どちらかというと集成材にすると剛性が高くなりますね。曲げられない。したがって、音響特性としても木の良さを活かせず、かついろんな形状の壁を作るようなことも難しくなります。
いろんな木材で比べてみたら音響特性が変わるかもしれませんね。木のステージについてはいろんな木材で実験をしていますが、内装についてはまだまだ調べられていない部分もあります。

藤橋:やはり完全にいろんなことがデータ化、数値化できているわけではないですよね。

宮崎:そうですね。計測してみて初めて分かるということばかりです。
例えば、ホールの内装だって、普通は経験的に決めたりして適当なことが多いと思います。側壁のランダムさなども含めて。
そこを、ヤマハホールでは横からの反射音の方向性をコントロールしたくて、模型や音響シミュレーションによって実験しています。ランダムさを持たせると適度に音がぼけるかな、という感覚だけではつまらないので、方向性をコントロールしたくてご紹介したような実験を行っています。

藤橋:ヤマハホール以外でもその様な検討をした事例もありますか?

宮崎:例えば最近手掛けた700人規模のホールで、側壁からの反射音をコントロールした例もあります。このホールの残響時間は2.5秒近くあるのですが、ここでは少し内側に向かって凸型にした衝立状の反射板を隙間を空けて側壁に並べています。こうすることで反射板からの反射音と、その背後からの反射音とを時間的にずらすことで横からの反射をコントロールしようとしています。

藤橋:一昔前の容積と最適な残響時間の関係というのは、今はあまり重要ではなくなってきているのですね。
容積に関係なく、残響時間はこれくらいあるべきだ、みたいな。700人規模のホールで2.5秒というのはすごいと思います。

宮崎:気積と言われる収容人数当たりのボリュームが非常にあるホールだからですね。
残響時間が長くなると今度はわんわんと響くようになってしまい、それは避けたいと考えていました。
実際に試奏会などで音を聞いてみたのですが、他にはなかなかない、非常にすっきりした残響をしています。
反射音の密度はありつつ、響きもある。

藤橋:指標だけを見ても聞いてみたくなるような音ですね。ヤマハホールも300人規模で1.6秒の残響時間はかなり長いと思いますし、どちらのホールも他ではなかなか経験できない音だと思います。

残響をコントロールし、空間の制約を克服するAFC

藤橋:ヤマハホールはアコースティックな音にこだわられている中、電気的な音響装置であるAFC(Active Field Control:音場支援装置)を使われていることを意外に感じました。その辺りはどのような意図があるのでしょうか。

宮崎:はい。AFCを導入しています。これはマイクで拾った残響音に反射音を合成し、スピーカーから会場内に戻して元の空間に響きを追加することで残響を延長させるシステムです。そうすることによって、今の現在の音場を利用しながら残響を伸ばすという考え方です。わざとハウリングをさせるようなイメージです。そういう意味では、この技術はヤマハホールのように残響がたっぷりある空間で使った方が強みを発揮できます。

ヤマハホールの残響時間はAFCとホールの音響特性がフィットして、自然で綺麗な音の伸ばし方が出来ています。コンサートホールなので通常はAFCを利用する必要はありませんが、色々な音源に対して最適な音の調整が出来るようにしたいということで、例えば教会音楽のように天井が高いホールを想定したものや、現代曲みたいな時でもAFCを使えるといいなと考えています。

音像支援装置や木材加工などのヤマハ独自の技術の導入と、丹念にシミュレーションを重ね緻密に設計された内部構造。銀座ヤマハホールの音の響きを支えている技術について聞くことができました。木で建ててみよう編集チームとしては、同じように木でつくられている「楽器」「ステージ」「ホール」の中でも木の果たす役割がそれぞれ全く異なり、重視される特性が違うことに驚きました。音響性能という観点で木という素材を眺めることで、新たな木の可能性を発見できたインタビューとなりました。