new

建築基準法だけではわからない、木造建築の防耐火設計|木の達人集めました~木造業界インタビュー第3回

2018-10-26

木造建築は燃えやすい。そんなイメージをお持ちではないでしょうか。中大規模木造建築の普及が推進されている今、木材の耐火性能についての研究が進み、従来常識とされていたことが覆されつつあります。

もちろんどんな建築素材を使うとしても、安全に絶対はないということに変わりはありません。建築基準法の理解に加えて、素材の性質を知り安全性を最大限高める努力が必要です。木で火に強い建物を建てるために、私たちは何を知っておくべきなのでしょうか。

今回のテーマは木造と耐火。前田建設設計部の永松航介さんが、木造建築の耐火設計の第一人者安井昇さんにお話を伺いました。

建築基準法だけではわからない、木造建築の防耐火設計|木の達人集めました~木造業界インタビュー第3回 | 木で建ててみよう

安井 昇(やすい のぼる)さん 写真右
1968年、京都府出身。1999年桜設計集団一級建築士事務所設立、代表に就任。早稲田大学理工総研招聘研究員、東京都市大学非常勤講師。NPO法人team Timberize副理事長、NPO法人木の建築フォラム理事。受賞歴、講演歴多数。専門は木造設計と建築防火。
保有資格:博士(工学)、一級建築士

永松 航介(ながまつ こうすけ)さん 写真左
1978年、神奈川県出身。2004年早稲田大学理工学研究科建設工学専攻修士課程修了、同年前田建設工業入社。現在同社設計部所属。桐朋学園音楽部門仙川新キャンパス、御社地エリア復興拠点、国際基督教大学新体育施設(施工中)等の大規模木造を担当。
保有資格:一級建築士

木造と火災

・火災で燃えるもの

――木造と鉄筋コンクリート造、鉄骨造の耐火における考え方の違いはどういったところにあるのでしょうか。


永松:木造だと火事になりやすいようなイメージを持たれがちですが、コンクリートでも火事になりますからね。
何が燃えているのか、意外と理解されていないという現状があります。

図①

安井: 火事がどうやって起こるのかが一番重要で、可燃物は大きく3つに分類できるんです。1つ目は構造躯体。柱や梁、床などのことですね。2つ目は仕上げ。床や壁、躯体の内側や外側に張ったものもそれにあたります。3つ目は収納可燃物。机とか椅子、家具や本といった建物の中の物のことです。

つまり、木造か鉄筋コンクリート造かというのは1番目の構造に関すること。2番や3番はどの構造でも関係ありません。ここが燃えてしまうと、構造自体は大丈夫でも大変なことになってしまう。例えば倉庫のように3番が多いと、一度火が付くだけで燃え続けてしまいます。2番は最近のイギリスでの火災でもあったように、外装に可燃物が貼ってあり、その外側に通気層があったため上昇気流で一気に燃え広がったと言われています。そもそも構造躯体がいきなり燃え始めるわけではありません。大抵は家の中のものに火がつくことで火事が起こりますから、躯体が何であれ火事になる確率はそこまで変わらないんですよ。

ただ木造の場合は、1~3番全て可燃物になり得るので気をつけないといけない。内装の木質化を含めると日本の建物は室内に可燃物が多いのでそれが燃えて火事になることが多いです。そのため、3種類の燃え方を制御してあげないと安全になりません。

耐火建築物は鉄筋コンクリート造のように壁や床が「燃え抜けない」ように作ってあります。木造で防火性能を上げるためには構造躯体の火事の時の燃え抜け防止性能や倒壊防止の性能を上げていく。そうすると鉄筋コンクリート造と横並びになります。

――それでも、世間にはどうしても木造は燃えやすいというイメージがありますよね。

安井:平成28年版の消防白書では、よく燃えやすく防火性能の低い「木造」の火災は年間に9,000件くらい。コンクリート造が多数を占める「耐火造」は6,000件。火事の棟数とすると2/3にあたる棟数が耐火造で火事になっています。

・構造別 火事状況比較(消防白書)

消防白書図

出典:平成28年版消防白書
http://www.fdma.go.jp/html/hakusho/h28/h28/pdf/h28_all.pdf

ただ耐火造は1回に平均8m 2程度しか燃えないのに対し、防火性能の低い木造は隣家を巻き込んで延焼しやすいので70m 2燃える。報道などで悪いところばかりを見せられているので木造が燃えやすいように思われがちです。木造ばかりが火事になっている訳ではありません。ここまででご説明した通り、そもそも構造躯体がいきなり燃え始める訳ではなく、大体家の中のものに火がついて火事になるのです。

永松: 構造体が何であれ、出火確率は変わらないということですね。
木造を考えるクライアントは前よりも増えてきていますが、やはり火事を考えると二の足を踏んでしまいます。こうした数字で表されたデータで示していけば、木造を選択するケースが増えるかもしれません。


安井:木造に住んでいる人がコンクリート造に引っ越したら火事を起こさないかというと、生活スタイルが変わらなければ一緒です。木造だから燃えるわけではなく、木造でも造り方によっては鉄筋コンクリート造と同じ性能にできます。

・元来、日本の建物は木造

安井: そもそも昔は全ての建物が木造建築でした。町家はもちろん城だって木造です。その中でもちゃんとした耐火対策があったんですよ。それが何かというと土蔵。あれは今でいう鉄筋コンクリートと同じようなもので、土蔵って土の塊だから燃えません。だから普通の町家と比較して、土蔵はなかなか隣に燃え広がりません。

こうなると全部土蔵で作りたくなるのですが、十分な耐火性能を得るには30cmもの壁の厚さが必要になってしまう。ですから普通の町屋は大体8cmくらいの厚さで壁を作り、隣の家とくっつけて建てています。こうすることで二重構造の壁を作ることができ、延焼を防ぐんですね。昔の延焼防止システムが完全に働いているのがこういう町家です。

永松: 日本には昔から大規模木造建築はあったということですね。100年ほど昔は日本だけでなく海外でも大規模木造があったと聞きます。

安井: 大規模木造で言うと、昔は城なんかも木造で作っていました。例えば姫路城は6階建て。昔から、中高層の木造建築が建っているんです。城は壁面に土を塗って防火していました。木造でもしっかり火事に強く作る技術があったのです。それが戦後鉄やコンクリート造に置き換わってきた。鉄やコンクリートが強いんだという意識の強い時代が70-80年続いています。昔は木造の小学校に通っていた人もたくさんいて、木造の巨大な建物を造っていた時代もありました。その事を知っている人達が今現役でいれば、世間の意識も違っていたかもしれません。

・木の燃える仕組みとは



安井: 木の燃え方について、ひとつ実験をご紹介します。15ミリ厚の杉板3枚を三角形に組んで筒を作り、下に新聞紙を入れて火を着けます。そうすると下から空気が入ることで上昇気流を起こし、可燃物の筒の中の酸素に熱が加わると火事になります。見て欲しいのは15ミリのこの筒の中は約1000度で燃えている。1000度って結構熱いのですがこの周りの人たちは半袖で立っているが熱くない。炎は出ているがこの隙間の温度しか上がっていないので少し離れると輻射熱は来ません。燃え方の原理で熱が加わっている部分しか燃えない。さわれるということは杉板の熱伝導率が低いのです。厚さが15ミリしかなくても3分くらいでは伝わってきません。


――木は実際燃えにくい、ということでしょうか。

安井: 木造建築は燃えやすいとよく誤解されますが、実は木が燃えるのにはかなり時間が掛かります。特に杉板なんかは熱伝導率が低く、その上水分を持っているので、その水分が蒸発しない限りは杉自体が燃える260度にはならないのです。炎にさらされすぎるとさすがに表面は根負けしてしまいますが、内側にも水分があるので十分に熱を貰い続けないと蒸発しないんですね。

木材は最終的には燃えるけれども一定の時間頑張ってくれますから、たとえば30分耐えられる素材ならば逃げるのに十分な時間が稼げます。キャンプファイヤーや薪ストーブのように燃え方を制御することが、木造建築において重要と言えるでしょう。


これは5センチのスギの壁で実験を行っている様子です。奥側から800度くらいで燃やしています。ただ大体1分間に1ミリずつしか進まないので、20分で2センチしか燃えていない。ここに鉄のシャッターが付いていたらどうなるかというと鉄は温度が上がる。そもそも輻射熱で近づけません。だから燃えない物が安全で、燃えるものが危険という認識は条件によっては間違っている。鉄のシャッターは燃えないのに温度が上がります。普通ガラスは燃えないけれど割れてなくなります。木材は燃えるけれど一定の時間に対して頑張ってくれます。火事の中で30分とどまっている人はいないので、30分頑張れる素材にすればいいのです。木材はゆっくり燃えるということを考えると、燃え方を制御しやすい材料とも言えます。

・木造の耐火設計

永松: 木造の耐火設計の難しさというのは、どういった点でしょうか。
法的に定められている内容は把握できますが、実際に火災時に対する対応として技術的にやらなければならないこと等が一般には知られていないと思います。


安井: 鉄筋コンクリート造や鉄骨造はそもそも燃えない材質でできているので、たとえ耐火の専門知識がないような人が設計したとしてもそれだけで耐火構造や準耐火構造になるんです。

では木造はどうかというと、詳しい人が設計すると耐火建造物や準耐火建造物になるのですが、知識のない人が設計すると耐火性能の無いものが出来上がる可能性があります。設計についての知識があればいいというわけではなく、木という素材についての知識と理解がないことにはちゃんとした建物はつくれません。設計する際のハードルが高く、設計者もとっつきにくいんですね。

永松:ゼネコンは大きな建物を作るので必然的に耐火建築物や準耐火建築物になる傾向があります。耐火に関して複雑な設計をしなくても条件を満足できたのですが、考えることが増えたのは設計者にとっては負担となります
担当した桐朋学園の木造校舎は耐火建築物であったため、大臣認定の工法を活用しましたが、細かい部分の納まりについては都度審査機関との協議を要しましたし、審査機関もすぐに判断できない部分もあり、非常に苦労しました。技術の蓄積や事例が増えていけば設計する側の負担は軽減され、普及しやすくなるかもしれません。

木造建築物で火災が起きた場合

・建物からの避難と1時間耐火

安井: 建築基準法で、街中の建物の壁というのは30分間燃え尽きなければ2階建てを作ってもいいと定められています。45分以上なら3階建て、1時間以上燃えて、そのあとも全部燃え尽きずに壊れなければ超高層ビルを建てることもできます。

永松: 1時間もあれば建物から避難するのに十分だろうと。

安井:そういうことですね。高層ビルの避難は大体1階1分、70階にいる人が地上に避難するまで概算で70分と言われています。しかし、老人ホームや福祉施設のように自分の意志で動けない方がいる場合は避難時間が掛かってしまいます。ですので、そういう建物はなるべく平屋や2階建てにして出口をたくさん作っておくと、避難時間を大幅に削減できます。建築基準法ではそこまで決まってはいませんが、木造建築で設計するときにそういう対策をしておくと安心して利用できますね。

・燃えしろ設計

永松: 火事を起こした後の建物は実際に利用できるのでしょうか。
大規模木造で扱われるのは、木材を現しにできる準耐火建築物です。特に準耐火建築物である燃えしろ設計は燃えしろ部分が燃えた場合に構造的に成り立つとしても、ではその後の復旧方法はどのようにすれば機能を満足するのでしょうか。

安井: 程度にもよりますが、そもそも燃えるということがどういうことかというと、例えば柱の表面に熱が加えられて水分がなくなり、熱分解ガスが出ることで炭になります。こういった部分はスカスカになって強度もありません。ここを削ったら焼き杉板のようにきれいな部分が出てきますが、熱が加えられた影響で水分がなくなっていることがあるんですね。


そういう場合は当然強度も減っているわけですから、完全に元通りというわけにもいきません。基本的に残った断面から20mmの部分の強度を見込まずに燃えしろ設計が成立するなら、使い続けても問題はありません。そうでない場合は燃えた分だけ木材を張れば、同じだけの性能が出るはずです。

・耐火被覆

安井:木造の耐火被覆についてですが、ほとんどの場合は石膏ボードを貼っておけば問題ありません。流石にボードを突破されて木材に燃え移れば大変なことになってしまいますが、よく使用される12mmの石膏ボードは15分は燃え抜けることはありません。都市部であれば10分もあればほとんどの場合消防が駆け付けますので、その前に消すことができます。

――そうすると木材部分にはダメージがない?

安井:そうです。だから表面さえ張り替えれば以前と同じように使うことができます。ただ、木材や躯体を見せたいという人は同じようにはいきません。木材を仕上げとして貼っている人は表面を取り換えればいいように思えますが、躯体に使っている場合は先ほど説明した措置をとればよいでしょう。

・木と他の素材のつなぎ

安井: 最近色々なところで話題になっているのですが、「耐火構造 + 耐火構造 = 耐火構造にならない」という事例が出てきています。建築確認は通っても、実際の性能が足りないということです。

――耐火構造同士を組み合わせると燃えてしまう、ということが起こるのでしょうか。

安井:ええ、例えば耐火被覆した鉄骨造とCLTの床。鉄と木材の許容温度が違うせいで、木材は260度以下に保って耐火性能を確保しますが、鉄は450度まで耐えられる。そうすると木材が鉄の方から熱を貰い続け、その結果燃え始めてしまうんです。そうすると建築確認では梁も床も耐火構造になっているのに、耐火建築物にならないということになってしまう。このような課題が生じてきたので、いろんな方が実験で検証するということを始めています。

鉄と木材の許容温度を考慮した接合部の設計例

※クリックで拡大表示(pdf)

永松:設計者は法律を守る、建築確認を取るということは必ず行うが、実際火事になったらどうなるかまでは踏み込んで考えにくいところがあります。建物がどの様に燃えていくのかイメージすることは非常に難しいです。木に火をつけたら燃えてしまうという概念を覆すのは簡単ではないと思います。

安井: 燃えるものが危険で燃えない物が安全という考え方がなかなか越えられない。火事を見たことがないし、普段から遠ざけているからより分からなくなっているのと、防火の法律は性能規定ではなくほとんどが仕様規定ですので、それにどう合わせるかということばかりになってしまいます。その結果何を守ろうとしているか分からなくなる。本当に守るべきは人命と財産なのに、どうやって火災をコントロールしていくべきかイメージがつきづらいという状況ですね。

建築基準法と中大規模建築の今後

安井: 建築基準法というのは、第一条に人命と財産を守るために最低限の基準を示すと書かれています。ですから法律に沿った建築をすれば、最低限安全性の担保されたものになります。ですが先ほども触れたように、建築確認は通っても性能が必ずしも十分でないという事例もありえるので、しっかりと実験などをして確かめていくことが大切ですね。


街中の4階建て以上の建物を準耐火構造で建てることができれば、もっといろいろな建造物が実現できるのですが、現状の法律だとそうはいきません。街中の多くの地域でのニーズは耐火なので、木造で実現しようとするとどうしてもハードルが高い。準耐火でもいいよ、という話になれば作りたい人はたくさんいるんです。

永松: 海外の事例を見ると日本の準耐火建築物程度の使用になっていると感じますが、日本の法律は世界的にみるとまだ厳しい方になるのでしょうか。

安井: 構造躯体の耐火性能だけを考えると厳しいと思います。ただ、階段の設置や幅など避難安全に関してはそこまで厳しくはないですね。なぜ耐火性能が重視されているかというと、消防が来られない場合でも倒壊しないようにする必要があるからです。日本は地震の多い国なので、消防の手が回らない事態もあり得ますから。

――法律を良い方向に変えていくにはどうすればいいですか。

安井: やはり民間の人たちが大きな声をあげることが大切でしょう。こういうことが出来れば、建築はもっと楽しくなるんだよ、ということを伝えていくことが国を動かすことに繋がります。来夏に控えている法令改正はいい例だと思います。


安井さんから木造の耐火性能についての実験結果を伺い、世間のイメージとは大きく異なり、木は一概に「燃えやすい素材」とは言えないということが分かりました。

また公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律の施行以降、木造を取り巻く法律環境も大きく変わりつつあります。私たち木で建ててみよう編集チームも、建築基準法を知ることに加えて木の性能に関する最新の知見も常に取り入れながら、「木で建てる」ことに取り組んでいかねばと思いを新たにしました。

用語解説

燃え抜ける

壁などの構造体が焼失によって崩れ、貫通すること。

輻射熱

高温の固体表面から直接電磁波の形で伝わる熱のこと。

燃えしろ設計

木材の一部が火災で焼失することを想定した設計。

耐火被覆

火災時の温度上昇を防ぐため、構造材に施す被覆。

建築確認

建築基準法に基づき建築物などの建築計画が法令や規定に適合しているかどうかを、着工前に確認すること。