「非住宅木造建築フェア 2026」 特別公演 木で建ててみようで森も建物もサステナブルに③

前回は、木材利用の促進が森林の健全な循環を生み出し、森林の多面的機能の発揮につながることをご説明しました。
今回は、その循環を真に“サステナブル”なものとしていくために必要な課題について、これまでの内容を踏まえながら二つの視点からお話しします。

■ 木造建築が一過性のブームで終わらないために

まずは、木造建築が一過性のブームで終わらないための方策について考えてみます。そのためには、木造建築物の劣化速度を抑え、長寿命化を当たり前のものにしていくことが重要です。
木材を用いた建築をサステナブルなものにするためには、耐久設計に加え、適切な維持保全・維持管理が欠かせません。近年の建築資材価格の高騰や環境負荷の低減の観点から考えても、スクラップ&ビルドを繰り返すより、修繕や改修を重ねながら長く使い続ける方が合理的ではないでしょうか。

1.耐久設計について

建物の劣化は、大きく二つに分類できます。美観の劣化と性能的な劣化です。
美観の劣化とは、カビや汚れ、変色など、強度には問題がないものの見た目が損なわれる状態を指します。その主な原因は、紫外線や雨風、温湿度といった気候条件や、カビ・藻類の発生です。外部に設置した木材がグレーに変色するのは、紫外線によって分解されたリグニン由来の成分が雨によって洗い流されるためです。

美観劣化と性能劣化の原因
カラマツ暴露試験:12か月後の変化

一方、性能や強度に影響を与える劣化は、腐朽や蟻害などが主な原因となります。写真のように倒木が朽ち果てていく姿を、森の中でご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。微生物やシロアリなどの立場から見れば、木材は絶好の栄養源です。

森の中の倒木と腐朽の様子

美観の劣化、性能的な劣化のいずれについても、原因を理解し、それらを生じにくくする設計を行うことで、木造建築の長寿命化を図ることができます。

美観劣化の原因を抑える設計手法としては、木材を紫外線や雨から守ることが重要です。このグラフは、軒の出の寸法と壁面にかかる雨量の関係を示したものです。軒の出が大きくなるほど壁面への雨掛かりは減少し、おおむね90cm以上の軒の出があれば、その影響を大幅に抑えられることがわかります。

軒の出の寸法と壁面への作用雨量の関係グラフ

例えば、このように軒を深く出すことで壁面への雨掛かりの影響を抑えたり、バルコニーの軒裏や外壁と垂直となる面など、雨や日射の影響を受けにくい場所に木材を用いたりすることも有効な手法の一つです。

深い軒を出した木造建築の事例
軒裏や雨掛かりを抑えた外壁に木材を用いた事例

性能劣化の原因を取り除く設計方法としては、生物劣化の発生条件である「水」「酸素」「温度」「栄養」のいずれかを断つことが挙げられます。ただし、建物において酸素や温度を制御することは現実的ではないため、「水」もしくは「栄養」への対策が重要となります。
まず、水への対策です。壁体内への水の侵入を完全に防ぐことは、室内からの水蒸気の移動も考慮すると容易ではありません。そのため、水や湿気が滞留しないよう、速やかに排出できる構造とすることが重要です。特に、水を停滞させないための通気層の確保は効果的な手法といえるでしょう。

木材劣化の要因(水・酸素・温度・栄養)
通気層による湿気・雨水排出の構造図

一方で、生物にとって木材そのものが栄養源となります。そこで、水回りの土台や柱、開口部周辺など、特に劣化リスクの高い部位には改質木材を用いることが有効と考えられます。改質木材は、木材成分を変化させることで、生物にとって利用しにくい状態をつくり出す材料です。このように栄養へのアクセスを遮断することも、生物劣化を抑制する有効な方法の一つです。

2.維持保全・維持管理

そして、こうした耐久設計に加え、建物を長く使い続ける意思を持って、適切な維持保全や維持管理を行うことも欠かせません。

この建物は、12年前に竣工した岩手県住田町の役場庁舎です。林業日本一を目指すこの町には木材に関する知識を持つ方も多く、町が適切な維持管理を継続してくださっているおかげで、竣工から10年以上が経過した現在でも、当初とほぼ変わらない美観と性能を保っています。

岩手県住田町役場庁舎(2014年竣工時と2025年撮影の比較)

建物は、定期的な点検や保守を行うことで、美観や性能の低下を抑えながら長く使い続けることができます。そして、いずれは社会的なニーズの変化や機能更新のために改修が必要になる時期が訪れるかもしれません。
その時まで適切な点検・保守を継続していれば、構造体をそのまま活用できる可能性は大きく高まります。結果として、スクラップ&ビルドを繰り返すよりも、経済的にも環境的にも優れた選択につながるのではないでしょうか。
もし点検や保守を怠れば、建物は早い段階で性能の限界を迎え、大規模な改修や建て替えを余儀なくされる可能性があります。その結果、費用面だけでなく環境負荷の面でも大きな損失を生むことになりかねません。

建物の性能推移と維持保全・改良保全の概念図

だからこそ、耐久設計と維持管理・維持保全は、木造建築をサステナブルなものにするための両輪といえます。国土交通省のホームページでは、産官学が連携してまとめた中大規模木造建築向けの資料も公開されています。木造建築を長寿命化し、その価値を次世代へ引き継いでいくための参考資料として、ぜひ活用していただければと思います。
▶参考:中大規模木造建築の維持保全・維持管理のマニュアルが完成しました! | 木で建ててみよう | 前田建設×木 記事

■ 私たちの暮らしを支える森林を守るために

多面的機能が十分に発揮されず、私たちの暮らしが脅かされることのないようにするためには、まず森林を適切に管理できる状態を維持しなければなりません。しかし前回お示ししたように、現在の林業は森林の持つ多面的機能の価値に対して、その対価が十分に支払われているとは言えない状況です。だからこそ、森林が生み出す価値や恩恵を正当に評価し、その対価を山へ還元する仕組みが必要ではないでしょうか。

その方策の一つとして、近年の世界的な潮流がこの状況を変えるきっかけになるかもしれません。
気候変動対策がサステナブルな未来の実現に欠かせないことは、多くの方が認識している事実でしょう。夏の厳しい暑さ一つをとっても、その影響を身近に感じる機会は増えています。
さらに近年では、生物多様性の損失もまた経済活動や私たちの暮らしに大きな影響を及ぼすとの認識が世界的に広がりつつあります。こうした流れの中で、これまで十分に評価されてこなかった森林の価値や、多面的機能が見直され始めています。

森林・林業が持つ価値と恩恵の需要者の循環関係図

そして現在は、気候変動対策と生物多様性保全、さらには私たちの暮らしや経済活動を切り離して考えるのではなく、それらを統合的に捉える取り組みが求められています。気候変動対策と生物多様性保全の間に生じがちなトレードオフを回避し、シナジーを最大化する取り組みこそが、より高い価値を持つものとして評価され始めているのです。
そして、森林の循環はまさにこうしたシナジーを生み出す取り組みの一つです。気候変動対策と生物多様性保全、さらには私たちの暮らしや経済活動を同時に支える可能性を持っています。では、その関係をもう少し詳しく見ていきましょう。

まず、気候変動対策についてです。
2017年にTCFDのフレームワークが公表され、その考え方は世界中に広がりました。日本でも、気候関連リスクや機会に関する情報開示の重要性が高まり、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示が求められるようになっています。
また、二酸化炭素排出量のオフセット、つまり相殺を目的としたクレジット取引も活発化しています。

再エネクレジットと森林クレジットによるCO2吸収の仕組み

特に、排出しないだけでなく、吸収して、つまり大気中のCO₂を減らす動きをする森林クレジットには、注目が集まり始めています。

森林J-クレジット 認証量の推移

そして、ご覧のように2023年頃からその創出量は急増しています。さらに近年では、森林所有者と名だたる企業が複数年にわたるクレジットの売買契約を締結するニュースを目にする機会も増えてきました。
これは単に炭素吸収量という数字だけが評価されているのではなく、森林管理を通じて水源涵養や土砂災害防止、生物多様性の保全など、多面的機能の発揮につながる点も高く評価されているからではないでしょうか。
つまり森林クレジットは、気候変動対策に貢献しながら、森林の多面的機能を維持・向上させるための資金を山へ還元する仕組みとして期待されているのです。

そして生物多様性についても、2022年に採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組みを受け、「2030年ネイチャーポジティブ」や「2050年自然共生社会」の実現に向けた動きが世界的に活発化しています。
この枠組みのターゲット19には、「あらゆる資金源から年間2,000億ドルを動員する」という目標が掲げられており、生物多様性の保全と経済活動を結び付けようとする強い意思を感じます。
日本でも、枠組み採択後まもなく「生物多様性国家戦略2023-2030」が策定され、それに続いて「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」、さらに昨年にはロードマップも公表されるなど、生物多様性と経済が結び付き、資金が循環する仕組みづくりが進められています。
また、その間の2023年にはTNFDの情報開示フレームワークも公表されました。

TNFD情報開示フレームワーク(ガバナンス・戦略・リスクとインパクト管理・指標と目標)

日本では、TCFDフレームワーク公表から数年後に有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示が制度化されたことを考えると、TNFDについても将来的に何らかの情報開示が求められる可能性は十分にあるでしょう。
しかし実際には、制度化を待つまでもなく、自社の価値を積極的にアピールしたい企業は、すでに自主的な情報開示を始めています。
たとえ開示が義務化されなかったとしても、現在の社会の流れを考えれば、投資家や金融機関が生物多様性の回復や自然資本の保全に積極的に取り組む企業をより高く評価していくことは十分に考えられます。

では、どのようにして生物多様性と経済価値を結び付けるのでしょうか。

各国における生物多様性クレジット市場形成の状況マップ

実は、ヨーロッパやオーストラリアなどではすでに、生物多様性の保全や回復に資する取り組みに資金が流れやすくなる仕組みづくりが始まっています。
その一つが、生物多様性クレジットです。まだ発展途上の取り組みではありますが、世界各地で実証や制度設計が進められており、着実に広がりを見せています。
生物多様性クレジットの基本的な考え方は、生物多様性へのプラスの貢献を経済価値として評価することです。
二酸化炭素クレジットのように排出量を相殺する「オフセット」を主な目的とするものではなく、生物多様性の保全や回復への貢献そのものをクレジットとして評価し、企業が購入する仕組みです。その結果、生物多様性の向上に取り組む主体へ資金が流れ、さらにそのような取り組みを評価する投資家が企業へ投資を行うという循環が期待されています。

一方で、生物多様性は二酸化炭素のように単一の指標で評価できるものではありません。地域ごとに自然環境や生態系の特性が異なるため、その価値を定量化することは容易ではありません。しかし現在は、その課題を克服するためにさまざまな評価手法の開発や実証が進められています。

そのうちの一つとして、ヨーロッパのいくつかの国や地域で導入されている「潜在的生物多様性指数(Index of Biodiversity Potential)」があります。この指標では、森林種の豊富さ、植生の垂直構造、立ち枯れ木や倒木の存在、大径木、マイクロハビタット(生き物の生息環境となる樹木)、林内の空き地、林齢、水域環境、岩場など、10項目の要素をそれぞれ0~5段階で評価し、生物多様性の潜在力を可視化しています。
これを日本の人工林に置き換えて考えると、森林を育てるための日々の手間や施業、下層植生の豊かさなども生物多様性にポジティブな効果をもたらすことから、クレジットの評価対象となる可能性があります。一方で、日本の森林は歴史や管理形態、自然環境がヨーロッパとは異なるため、日本の実情に即した独自の評価指標の確立が急がれます。
これまで山にお金が還らないという課題に対して、森林が生み出す価値は木材などの林産物に限定して捉えられがちでした。しかし近年では、森林J-クレジット、さらには生物多様性クレジットへと、その価値の対象が広がりつつあります。森林の環境価値が正当に評価され、その対価が森林へ還元されることで、森林の環境価値と都市の経済価値が循環する可能性が見え始めています。

森林・林業の環境価値と都市の経済価値の循環モデル図

この流れが本格化すれば、山にお金が還る仕組みが動き出し、森林の循環はよりサステナブルなものになるでしょう。生物多様性条約では、2030年までに年間2,000億ドルの資金動員を目標に掲げています。その実現は、決して遠い未来の話ではないのかもしれません。

ここまでお話ししてきたように、生まれた循環をサステナブルなものにするためには、木を使って建てた建物をサステナブルにしていくことが重要です。そのためには、私たち人間が適切な耐久設計を行い、維持保全・維持管理を継続していく意思を持たなければなりません。
また、森林の健全な循環を維持していくためには、林業の取組に対して正当な対価が支払われる仕組みを確立し、森林を適切に利用しながら育てていくことも必要です。
まさに、木造建築をエンジンとした森林と木材利用の循環は、先ほどお話しした気候変動対策、生物多様性保全、そしてサステナブルな暮らしの実現という三つの要素のシナジーを生み出す取組なのではないでしょうか。

私たちは日々、目の前の仕事に取り組んでいます。しかし、その仕事が何を生み出し、何につながるのかを一人ひとりが当事者として考えることで、建物も森も、そして私たちの暮らしも、よりサステナブルなものになっていくはずです。

Think Global, Act Local.
世界規模の課題を見据えながら、足元のできることに取り組む。その積み重ねが、未来へ豊かな森林と暮らしを引き継ぐ力になるのではないでしょうか。

森も建物もサステナブルに。
今後もさまざまな動向に目を向けながら、木造建築を通じて森と都市の環境価値と経済価値を循環させる仕組みを模索し、持続可能な未来づくりに取り組んでいきたいと思います。