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構造設計は、緻密な計算とコミュニケーションによって最適解を見つけるプロセス|木の達人集めました~木造業界インタビュー第1回

2018-05-22
構造設計は、緻密な計算とコミュニケーションによって最適解を見つけるプロセス|木の達人集めました~木造業界インタビュー第1回

建築物を建てることは、多くの専門家が関わる大規模なチームワークです。
木造建築をつくり上げる過程で、それぞれの分野のスペシャリストは何を考えて、どんな仕事をしているのでしょうか?木造業界の熱くディープな話題を引き出すべく、「木で建ててみよう」編集チームが各分野の"濃い"専門家たちから話を聞きます。

インタビュー第1回目は前田建設の構造設計者である吉田さんと渡邉さん。大学や自治体庁舎からタワーマンションまで、数々の大規模建築物の構造設計を手掛けてきた方々です。長年構造設計に携わるお二人に、構造設計とは何か、木造の特徴とは何か、そして木造構造設計の魅力や将来像について伺いました。

吉田実(よしだ みのる)

吉田実(よしだ みのる)

1969年、埼玉県出身。1992年 日本大学生産工学部建築工学科卒業。
同年 前田建設工業株式会社入社。現在 同社構造設計部構造設計第2グループ長。
保有資格:一級建築士、構造設計一級建築士、コンクリート主任技師、免震部建築施工管理技術者、剣道4段
直近の主な業務経歴:国際基督教大学新体育施設、(仮称)桐朋学園音楽部門仙川新キャンパス、飯田橋駅西口地区再開発(住宅棟)など。

渡邉義隆(わたなべ よしたか)

渡邉義隆(わたなべ よしたか)

1978年、埼玉県出身。2004年 東京理科大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。
同年 前田建設工業株式会社入社。現在 同社構造設計部構造設計第2グループ所属。
保有資格:一級建築士、構造設計一級建築士、コンクリート技士、CFT造施工管理技術者、鉄骨工事管理責任者、免震部建築施工管理技術者、そろばん4級、空手道初段、中型運転免許
直近の主な業務経歴: 国際基督教大学新体育施設、(仮称)桐朋学園音楽部門仙川新キャンパス、飯田橋駅西口地区再開発(業務・商業棟)など。

構造設計とは何か|各部門とコミュニケーションしながら、最適な設計を探る

―まず、構造設計について伺えればと思います。構造設計とは建築全体の中で、どういった役割を担っているのでしょうか?

吉田:建築の設計は大きく分けると3つのセクションに分かれています。デザインや間取りのプランニングに関わる意匠設計、耐震や耐火、自重で基礎が沈まないように建物が沈下したり傾いたりしないように等構造的安全性を確保するための骨組みの部材選定、柱の配置などの計画から設計までをする構造設計、空調や水道、電気配管などを計画する設備設計があります。

―意匠設計とはぶつかることが多いのでしょうか?

吉田:ぶつかるというよりは、お互いにコミュニケーションをとりながら整合性をとっていく関係です。ぶつかることもありますが笑 
意匠の提案に対して、構造としてできる・できない、コストや施工性を鑑みて実現できるよう調整を図っていく。意見を出し合って最適な建物にしていく、というのが基本的な設計プロセスです。

―木造の構造設計について、どのように捉えられていますか。

吉田:近年増えてきている木造建築の設計を積み重ねる中で、木質材料や木造構造に対する理解を深めています。他の鉄筋コンクリート造や鉄骨造と同じような感覚で設計できるようになりつつありますね。
ただ、構造設計自体の考え方は鉄筋コンクリートであれ木造であれ、大きくは変わりません。材料の特質は変わってきますが、構造設計については経験を積んでいくことで他の構造と同様に設計できるものだと感じています。

吉田実(よしだ みのる)

木造構造設計とは|難しいからこそ、実現性を高めるプロセスが面白い

―木の場合、樹種や木材の種類が多様にありますが、構造設計にもバリエーションがでてくるのでしょうか?

吉田:樹種によって特性が違うので、構造設計者が材料としての木への理解を深め、適材適所の材料、部材の選定、建物の規模であったり柱や梁など役割に応じてうまく使い分ける設計ができれば良いと考えています。

―木造のいいところは?

吉田:ダイナミックな構造をそのまま仕上げにできる、魅せられることが特徴だと思います。なかなか他の構造で構造体そのものをデザインとして見せられるということはありませんね。

渡邉:木にはどうしても材料の長さや大きさに限りがあります。それをいかにつなぐかを考えるのが木造の設計の面白さ。それを見せることで、すごくダイナミックなデザインが実現できたりします。「おしゃっち」にはまさにそれが表れていて、6mまでの木材から生み出されたのがあのデザインです。
木造だからこそデザインができている、逆に言うとしっかりとデザインしないと耐震要素にならないという面があります。鉄骨造や鉄筋コンクリート造だと何も考えてなくても耐震要素になるのですが、木造はディテールまで考えてあげないと耐震要素にならない。おしゃっちの場合はその木造のデザイン性を評価されたと思います。

※「おしゃっち」は、前田建設がプロポーザル形式で受注、設計・施工に携わった大槌町文化交流センターの愛称。
関連リンク:おしゃっち 地元産木材でつくられた大槌町復興の象徴

吉田実(よしだ みのる)渡邉義隆(わたなべ よしたか)

吉田:構造設計としてはすごく面白いです。考えることも、実現性を高めていくプロセスも。木造はなかなか面白い材料だと思っています。

渡邉:接合部の設計だけですごく時間がかかるし、すごく大変なんです。でも、またそこが面白いところでもありますね。

吉田:木の種類によっても強度のバラつきがあったりします。普通は固いものが強いと思うじゃないですか。木材にはそうではないところもあって、柔らかいんだけど強い、ぐしゃっとつぶれるまでの時間がかかって、なかなかつぶれない木材とか。特性をうまく使いながら、部材ごとに樹種を使い分けていければと考えています。

―防水や防湿については、構造設計次第で性能が変わるのでしょうか?

吉田:水や湿気は木造がちょっと苦手としている部分ではあるので、構造というよりは意匠設計者や設備設計者との連携の中で納まりや防水の考え方は調整を図りながら設計しています。
同じように苦手としている音に関しても、設備設計の範疇である空調でコントロールするという手もあります。大きな音が鳴る部屋の隣は倉庫にするなど、全体として配慮された設計になっていれば、苦手な部分を補うことができると考えています。構造だけじゃなく設計全体としてバランスをとることが重要です。

―木造の設計には他の構造と比較して、難しく時間がかかるものでしょうか?

渡邉:正直、結構大変です。まず、設計の計算をするためのツールやデータが一般化・標準化されていません。大規模木造設計用の市販ソフトが少なく、ゼロから切り開くのに非常に時間がかかります。この点が木造に設計者が携わる際のハードルになっているのでは、と考えています。今後もっと専門的な情報が手に入りやすくなったら、木造の提案をするハードルはもっと下がるのではないかと期待しています。

吉田:木造で一番難しいのは耐震要素をどう作るか。鉄骨や鉄筋コンクリートの場合は柱と梁が強固であれば耐震性を出せるのですが、木造の場合は柱と梁だけだと、耐震要素として足りないんです。何かしら工夫して耐震要素を加えていかなければいけない、そういうところが他の構造との違いです。

渡邉:一般流通材と呼ばれる世の中に出回っている木材が、木造住宅を基準として加工されているので、長くても6mくらい。大規模木造になるとその規模を超えるので、いかに短い材料で設計するかがコストを下げる一手だと思います。

渡邉義隆(わたなべ よしたか)

構造設計者の醍醐味|チームで協議しながらのプランニングやデザインが楽しい

―構造設計の醍醐味は何でしょうか?

渡邉:人それぞれ違うし、歳を経るごとに変わるのではないでしょうか。入社した当初は計算すること、予想していた値とプログラム解析値が一致することそのものが楽しかったです。経験を重ねると意匠設計者と協議しながら自分で空間を作っていくことが楽しくなってきますし、お客様と話し合いながらその建物の性能を決めるというのも楽しくなってきたり。時代時代でその時の良さがあって、どれも面白いと思います。
特に意匠、設備設計の人たちと協議しながらプランニングやデザインを決めているときはすごく楽しいですね。

―木造の寺社などを見て仕事の参考にされたりするのでしょうか?

吉田:参考にしますね。よくお寺などを見に行きます。父がもともと大工で木造建築に触れる機会が多かったのですが、建築の世界に入った当初から鉄筋コンクリートの建物に携わることがほとんどで、木造設計をやってみたいという思いはずっとありました。
最近の一般的な住宅の木造は壁を耐震要素にしているのですが、昔の建物は壁を多用せず木材の組み合わせ方によってしなやかに地震のエネルギーを吸収していく構造になっています。昔から日本人が工夫してきたところなので、本来はそういった知見も現在の建築にも生かしたいという思いはありますね。なかなか建築基準法のハードルをクリアするための裏付けが難しい面はあるのですが、そういった工夫の可能性があることが木造の魅力ではないでしょうか。

木造構造設計の今後|温かみのある木造オフィス、大空間の木造ドーム

―いつか木でこういうものがつくりたい、というのはありますか?

渡邉:木造だったらオフィスを設計してみたいなと思いますね。僕、オフィスが好きなんです。オフィスって、鉄骨造が多くて、空間として冷たくないですか。冷たいから観葉植物を置いてみたりしますけど、あれがもしも木造の表しで表現できたら空間としてかっこいいし暖かいと思いませんか。木造の温かさがオフィスで活かせたら、すごくいいと思うんですよね。木造のオフィスは携わってみたいです。僕らの仕事は柱や梁など、構造体の設計をすることなので、できる限り木を主体にして空間をデザインしてみたいですね。

吉田:オフィスは可能性があるかもしれないですね。それ以外で言うと、大空間をつくる建物なんかは木造に相応しいと思います。木造の軽さやダイナミズムを活かすという点で言うと。

―ドームなんかもつくれたらいいですね。

渡邉:はい、そうですね。ドームじゃないですが、今ちょうど木屋根、の大空間の体育館を建設中です。今は時代としてドームの建設は少ないですが、ドームを建てるとしたら木造で建てよう、という案は必ず出るのではないでしょうか。

吉田実(よしだ みのる)渡邉義隆(わたなべ よしたか)

専門知識だけでなく、幅広い知見を取りまとめ、調整しながらプロジェクトを進める力が求められる構造設計者。今回お話を聞いたお二人は、各分野の専門家たちとコミュニケーションを図りながら設計の質を高めていくことを重視されていました。編集チームの質問に対して、順を追ってわかりやすく説明してくださる姿が印象的でした。